大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)785号 判決 1985年7月26日
原告
早坂褜吉
右訴訟代理人
小松正次郎
辻本幸臣
小松陽一郎
被告
マテックス株式会社
右代表者
的場秀晃
右訴訟代理人
倉田勝道
久田原昭夫
右輔佐人
川瀬茂樹
主文
一 被告は原告に対し、金二四〇万円及びこれに対する昭和五八年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇〇分して、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 原告
(一) 被告は、別紙第一・第二のイ号・ロ号図面及びその説明書記載の遊星歯車装置を業として生産し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のために展示してはならない。
(二) 被告は、その本店・営業所及び工場に存する前項の遊星歯車装置及びこれを組成する物品を廃棄し、右行為に供した設備を除却せよ。
(三) 被告は原告に対し、金二億二二四〇万円及びこれに対する昭和五八年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 訴訟費用は被告の負担とする。
(五) この判決は仮に執行することができる。
2 被告
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
二 原告の請求原因
1 原告は次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有する。
登録番号 第一〇三二一一一号
発明の名称 遊星歯車装置
出願日 昭和四六年七月二一日
出願公告日 昭和五四年六月二七日
登録日 昭和五六年一月二九日
特許請求の範囲 別紙第八訂正公報の特許請求の範囲の項の1記載のとおり。
2 本件発明の構成要件及び作用効果
(一) 構成要件
(1) 太陽歯車3とかみ合う各遊星子歯車4を弾力性を有するリング状に形成し、
(2) 該遊星子歯車4を二枚の円板5A、5Bの対向面に僅かに張出した同心段部5′の外周側面に遊嵌し、
(3) 該円板5A、5Bは出力軸6に固定したキャリアプレート7に軸着し、
(4) 該円板5A、5Bの外径は遊星子歯車4のピッチ円と等しくし、
(5) 且つケース11に固定した環状リング10、10の内径は内接歯車9のピッチ円と等しくしたことを特徴とする遊星歯車装置
(二) 作用効果
(1) 本件発明は、遊星子歯車部の遠心力等による噛合せの喰込み過ぎや、ノイズの発生及び偏心不正運動となることを防止することができ、工作上も歯車の製造を容易にすることができる。
(2) 本件発明は、分割してセットされる場合、遊星歯車装置の歯車の不整合による障害を除去することができ、各歯車のリム部を単独のリング状となし、歯元にかかる回転モーメントを吸収して歪み易い弾性体となすことができる。
(3) 本件発明は、前記のリング状歯車を拘束し歯車に軸芯を与えるに際し、リム部の弾力性を阻害しない目的において、両側に添加するロール円板の内面にリング歯車内周の両側を僅かに懸架できる突部を構築して装架し、歯元の裏側の大部分を不拘束となすことができる。
(4) 本件発明は、その運転に際し、噛合せの不整合部に当ると遊星子歯車4のリム部が歯圧にかかる面のリム張力部で盛上り、又リム裏面の圧縮部は歯部と離れた部分で反力を受けるから、自動的にリム部のベンディングモーメントを制御して、歯の強度を髙め得る。
(5) 本件発明は、各歯車リム部は強度一杯に薄くしてあり、必要に応じ全体を焼入れしてリム部のみ焼戻しを行つて弾性を髙くすることで、歯先に作用する回転モーメントの髙い歯元ほどリム部の歪みが多くなり自然に各噛合点の整合が得られ、ノイズの発生がなく伝達動力の損失が少ない。
3 被告は、別紙第一・第二のイ号・ロ号図面及びその説明書記載の遊星歯車装置(以下「イ号物件」「ロ号物件」といい、両者を総称して「被告物件」という。)を業として生産し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のために展示しているが、被告物件が本件発明の技術的範囲に属し、且つその作用効果も同一であることは一見して明らかである。
4 被告は、昭和四八年六月一一日原告との間で本件発明についての実施契約(甲第三号証)を締結し、同日から五年間ミニマムギャランテイとして月額四〇万円の支払を原告に約したのに、昭和五二年一二月分から昭和五三年五月分までのミニマムギャランテイ合計二四〇万円を支払わない。
5 被告は、本件実施契約終了後も被告物件の製造販売等を継続し、昭和五四年七月から昭和五八年二月までの間被告物件を毎月一万個以上製造販売したが、被告物件の製造販売による一個当たりの利益は平均して五〇〇円を下らない。そうすると、原告は被告に対し、昭和五四年七月から昭和五八年二月までの四四か月分についての合計二億二〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有する。
6 よつて、原告は被告に対し、本件特許権に基づき次の(一)(三)の裁判を求め、本件実施契約に基づき次の(二)の裁判を求める。
(一) 被告物件の生産・譲渡等の差止とその廃棄等(前記一の1の(一)(二))。
(二) 実施料(ミニマムギャランテイ)二四〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日(昭和五八年二月一一日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払(前記一の1の(三))。
(三) 不当利得金二億二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日(前同日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払(前記一の1の(三))。
三 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1項中、特許請求の範囲を否認し、その余は認める。本件特許権は、後述のとおり出願公告後に要旨変更の補正がなされているので、特許法四二条により現特許請求の範囲の記載をそのまま掲げることは許されない。
2 同2項の(一)は否認する。同2項の(二)は、昭和五五年七月二二日付の手続補正書による明細書(以下「補正明細書」という、別紙第八訂正公報と同じ。)に原告主張のような記載のあることは認める。
3 同3項中、被告がイ・ロ号物件(但しその特定に関する別紙第一・第二のイ・ロ号図面及びその説明書は否認する。)を業として生産し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のために展示していることは認めるが、その余は否認する。イ・ロ号物件の特定のための図面は別紙第三・第四説明図のとおりである。
4 同4項は否認する。被告が原告との間で締結した実施契約の対象たる発明は、本件発明ではなく後願である特願昭四七―〇〇九〇五八号に関するものである。
5 同5項は否認する。
四 被告の主張
1 出願公告後の要旨変更の補正について
原告は、遊星子歯車と円板との関係について、本件特許の出願公告時の特許請求の範囲には「挾着支持」、発明の詳細な説明には「密嵌」と記載していたのを、昭和五五年七月二二日付の補正により、特許請求の範囲を「遊嵌」と変更した。
しかし、「密嵌」は部品相互を密接に嵌合させる構造であり、「遊嵌」は部品相互に間隙(遊び)を与える構造であるから、「密嵌」と「遊嵌」とは明らかに反対の概念であり、右「遊嵌」と変更した補正は特許請求の範囲を変更するものであるから、特許法四二条により右補正がされなかつた特許出願について特許がされたものとみなされる。
原告は、特許法六四条により明瞭でない記載の釈明をなしたもので、同法四二条の要旨変更ではないと主張するが、「密嵌」はそれ自体明瞭な意味を持つ文言であり、「密嵌」が明瞭でないとして釈明する必要がなく、もし「密嵌」が不明瞭であるならば「遊嵌」も又不明瞭ということになる。結局、原告は明瞭でない記載の釈明に名を借りて要旨を変更したものである。
被告物件においては、遊星子歯車と円板段部との間隙を広くとつて「遊嵌」としており、本件特許権は前記補正がされなかつた特許出願について特許されたものであるから、被告物件が本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。
2 被告物件の特定について
本件発明の現特許請求の範囲には「僅かに張出した同心段部」という文言があり、円板についての限定がなされているので、被告物件の特定にあたつては張出した状態を正しく具体的に記載する必要がある。
原告は「僅かに張出した同心段部」については寸法的、数値的限定に適しないというが、被告物件の特定にあたり「僅かに張出し」という評価をもつてする表現では特定したことにはならない。けだし、原告は、本件発明の「僅かに張出した同心段部」なる要件を被告物件が充足しているというのであれば、被告物件がどのように張出しているかを具体的に特定し、かつ右張出しが「僅かに張出し」に該当する理由を特に作用効果との関連で述べるのでなければ、いわば原告自らが恣意的に結論を出すことを許すに等しいからである。
又、原告は「僅かに張出した同心段部」はリム部裏側の面圧に耐えるものであれば足りるという。しかし、面圧に耐える程度のものか否かは本件発明の「僅かに張出し」の意味を説明しようとするに過ぎず、それは被告物件を特定したうえで主張すべきである。しかも、面圧に耐える程度ということ自体基準が不明確であるし、これは「僅かに」の最小限を示す基準とはなり得ても、「僅かに」の最大限を示す基準とはなり得ないものである。
原告は限定に適しないというが、遊星子歯車の裏面が同心段部に対してどれほど非接触となつているか、すなわち不拘束率をもつて示すことは可能な筈である。イ・ロ号物件の構成がわかる別紙第三・第四説明図によれば、イ号物件の不拘束率は〇・〇一三であり、ロ号物件の不拘束率は〇・一四七である。
3 仮に前記補正が要旨変更ではなく、本件発明の構成要件が現特許請求の範囲の記載によるとしても、被告物件は本件発明の技術的範囲に属さない。
(一) 被告物件は本件発明の「弾力性を有する」という構成要件を充足しない。
本件発明の「弾力性を有する」という要件は遊星子歯車のリングギヤが撓むということであるが、そのためにはリム部が薄くなければならず、補正明細書にも、「本発明における各歯車リム部は強度一杯に薄くしてあり、全体を焼入れしてリム部のみ焼戻しを行なつて弾性を高くすることで」(二頁一五・一六行目)と記載されている。しかるに、被告物件はリム部が厚く、歯元の裏側の大部分が拘束されていることと相俟つて、本件発明の「弾力性を有する」という必須の要件を欠いている。しかも、本件発明の「弾力性」は全体を焼入れしてリム部のみ焼戻すことにより得られるものであるが、被告物件はかかることをしていない。
原告は被告物件のパンフレットの記載文言をもつて、本件発明の「弾力性を有する」との要件を充足している旨主張する。しかし、右パンフレットは、原告の子息の起案にかかるものであり、被告物件を正しく表現しているものではない。しかも、右パンフレットの記載にいう弾力性は「楕円方向の撓み」をいうものであるが、本件発明にいう弾力性は「歯元の撓み」をいうものであるから、被告物件が楕円方向の撓みを呈するとし、かつそのことによつて被告物件が本件発明にいう「弾力性を有する」との主張をすることはできない。
原告は、本件発明にいう弾力性が「歯元の撓み」をいうことは認めながら、それが「楕円歪みに転換される」旨主張し、被告物件は歯元の撓みと相乗的に楕円方向の撓みを呈するという。しかし、被告物件は歯元の撓みを呈するものではないし、従つて又歯元の撓みと相乗的に楕円方向に撓みを有するものではない。しかも、遊星子歯車が楕円歪みを起こすとピッチ円が楕円になり、遊星子歯車は外殻内歯歯車から離れて噛合わなくなるから、歯元の撓みから楕円歪みに転換されるということは技術的にもあり得ないことである。
(二) 被告物件は本件発明の「僅かに張出した同心段部」という構成要件を充足しない。
補正明細書には、「リム部の弾力性を阻害しない目的において、両側に添架するロール円板の内面にリングの歯車内周の両側を僅かに懸架できる突部を構築して装架し、歯元の裏側の大部分を不拘束となす構造にある。」(一頁三五・三六行目)と記載され、又前記要件の「僅かに」の効果としては、「運転に際し噛合せの不整合部に当ると遊星子歯車4のリム部が歯圧のかかる面のリム張力部で盛上り、又リム裏面の圧縮部は歯部と離れた部分で反力を受けるから、自動的にリム部のベンディングモーメントを制御して歯の強度を高めうるものである。」(二頁一二ないし一四行目)と記載されている。
以上によれば、本件発明の構成要件である「僅かに張出した同心段部」ということはリム部の弾力性を得ることを目的とし、歯元の裏側の大部分を不拘束となす構造を意味しているが、他方、イ・ロ号物件においては、別紙第三・第四説明図に記載のとおり、僅かでない張出し部を有する同心段部を有し、極めて低い不拘束率を示し、歯元の裏側の大部分を拘束する構造をとつているので、被告物件は明らかに本件発明の「僅かに張出した同心段部」という構成要件を欠如している。
原告は、被告物件のパンフレットによれば、「僅かに張出した同心段部」(面圧に耐える程度の同心段部)という要件を具有していると主張する。しかし、右パンフレットは、パンフレットにおける表現の正確さに限界があるとしても、むしろ同心段部の張出しが僅かでないことが明らかであり、原告は、「僅かに張出し」の意味を「面圧に耐える程度のもの」という意味に恣意的に解釈したうえ、右主張をしているにすぎない。
元々、「僅かに張出し」なる文言が特許請求の範囲に記載されている以上、その「僅かに」の意味は明確にされなければならず、「僅かでない」こととの限界が画されなければならない。原告は、「僅かに」と「僅かでない」ものとの限界は、「面圧に耐える程度のもの」と「面圧に耐えない程度のもの」との限界であるという。しかし、かかる原告主張は何らの説明にもならないばかりか、特許請求の範囲の持つ意味を無視するものであり、仮に原告が面圧に耐える程度のものと主張するのであれば、明細書のいかなる記載からこのように解釈するのかを明らかにしたうえ、具体的にいかなる張出しが面圧に耐えいかなる張出しが面圧に耐えないというのか、その限界を明確にすべきである。しかも、本件発明においては、「僅かに張出した同心段部」なる要件は、「歯元の撓み」すなわち「弾力性を有する」との要件と不即不離の要件であるから、原告の主張は失当である。
五 原告の反論
1 出願公告後の要旨変更の補正について
原告が出願公告後に明細書、図面の補正をしたのは、特許法六四条一項三号の規定により明瞭でない記載の釈明をしただけであり、これは同法四二条の要旨変更ではない。
具体的には、「挾着支持」「密嵌」の静的状態の表現を、本件発明が各遊星子歯車のリム部に「弾力性」を保持させることが主眼目の一つである関係上、「遊嵌」という動的状態に補正して理解し易いようにした、即ち明瞭でない記載の釈明をしただけであり、右補正が特許法六四条の規定による補正であること(同法四二条の要旨変更ではないこと)については、補正明細書の一頁二・三行目に、「特許法六四条の規定による補正があつた」との特許庁審判部の認定からも裏付けられる。
本件特許におけるが如く、原告のした前記補正について、特許庁が補正却下をしないでその補正を是認したうえで登録審決をした以上、被告が本件訴訟の段階で要旨変更の主張をすることは許されないことについては、東京高裁昭和五八年三月二四日判決が指摘しているとおりである。
2 被告物件の特定について
本件発明における「円板」の「僅かに張出した同心段部」については、その寸法的、数値的な限定に適するものではない。
該同心段部はリム部裏側の面圧に耐えるものであれば足り、それは、各部品の材質、各遊星子歯車の歯幅のみならず、リム部の厚さ、モジュールの大小、歯車径の大小等設計上の諸要因によつて相関的に決定されるものである。例えば、同心段部は金属製とプラスチック製とでは異なり、又金属間の場合、プラスチック間の場合においてもその材質は多種多様であるから、それぞれその材質は面圧に耐える程度が異なり、同一の寸法的、数値的な限定はできない。又歯幅が小なるときは、同心段部は工作上の関係からも、その歯幅の大なる場合に比べて相対的、相関的に大となり得るのである。
ところで、この同心段部は遊星子歯車のリム部に弾力性を保持させ、噛合せの喰込み過ぎやノイズの発生を防止するという本件発明の主要な作用効果を達成するための助長的補遂にすぎない。即ち、リム部がリング状に形成してあり弾力性を有するから、それだけでもリム部の弾性変形により噛合せの不整合を吸収できるが、リム部裏側に接触する同心段部との間に間隙を有するから(遊嵌)、荷重がかかつた際に「引張力による盛上り、圧縮力による押下げ」をより効果的に行うことができ、リム部の弾力性の効果をより高めることができる。従つて、同心段部はリング状歯車と同心段部との面圧に耐える程度のものであれば足りる。
このように、同心段部は種々の要因により相関的に決定されるので、リム部の歯幅に対する同心段部の張出幅の寸法的、数値的な大小により限定されるものではない。
3 被告物件は本件発明の「弾力性を有する」という構成要件を充足する。
被告物件のパンフレツトには、「負荷時の湾曲図形」とか、「弾性を利用して」とか、「弾性歯車」とか、「破線のように湾曲し」とか記載され、遊星子歯車の実線が弾性により破線で示すように湾曲する原理が図示されていて、被告物件が本件発明の「弾力性を有する」との要件を充足することは、右パンフレットの記載からも明らかである。
本件発明にいう弾力性は「歯元の撓み」をいい「楕円歪みに転換される」ものであるが、被告物件は、歯元の撓みと相乗的に楕円方向の撓みを呈するものであるから、本件発明の「弾力性を有する」という要件を充足している。被告は、被告物件は歯元の撓みを呈するものではないし、又歯元と相乗的に楕円方向に撓みを有するものでもないと主張するが、右主張には本件発明における「遊嵌」という構成が全く欠落した部分的な論議にすぎない。被告物件は本件発明と同じくリングが伸びるから「遊嵌」と同じになり、楕円歪みをも生ずることになる。被告物件においても、本件発明と同様に弾力性を有するリング歯車としてその動的状態が理解されるべきであり、それを被告は歯一枚一枚の問題かのようにすつかりすりかえて論議しているから、全くポイントはずれの主張となつている。
被告は被告物件がリム部が厚く本件発明の「弾力性を有する」という要件を欠いていると主張する。しかし、遊星子歯車をリング状に作れば、仮にリム部が厚くても「遊嵌」であるから弾力性があり楕円歪みを生じ、又リングはその厚さがいかに厚くても長さが長ければ撓みを生じるので、回転しているリングはその動的状態下で楕円方向の撓み(楕円歪み)に転換されるものであることは、力学的に公知事項である。
被告は、遊星子歯車が楕円歪みを起こすとピッチ円が楕円になり、遊星子歯車は外殻内歯歯車から離れて歯車の作用を行わなくなると主張する。しかし、遊星子歯車をリング状として楕円方向の撓みを生じさせるような構造としたのは、従来の遊星子歯車の遠心力等による噛合せの喰込みすぎやノイズの発生及び偏心不正運動の防止等を目的としたものであり、歯車が回転している動的状態下でのいわば自動的な微調整の問題である。遊星子歯車が楕円歪みを生ずる場合二つのピッチ円は微かにズレるが、これが微調整による自動制御装置である。二つのピッチ円を微かにズレさせて調整するというのが本件発明の目的の一つであり、二つのピッチ円が微かにズレたり接したりすることが必要であつて、それが自動調整である。この場合遊星子歯車の介在により、外殻、太陽歯車は変形しない。遊星子歯車の介在がない場合には、外殻、太陽歯車の軸間距離に不整状態が惹起されれば不整噛合せが起こり得るが、遊星子歯車を介在させた状態では外殻、太陽歯車の歯形変形は起こらない。
4 被告物件は本件発明の「僅かに張出した同心段部」という構成要件を充足する。
本件発明の「僅かに張出し」という要件は面圧に耐える程度のものという趣旨であり、「僅かに」と「僅かでない」ものとの限界は、「面圧に耐える程度のもの」と「面圧に耐えないもの」との限界である。
「面圧に耐える程度のもの」ということが最小限の限界を示しているが、最大限は示す必要はない(これは面圧に耐える点についての安全率のとり方次第である)。「僅かに」が面圧に耐えるということからは、「僅かでない」ものは当然面圧に耐えるということになる。但し必要最小限度を越えた部分は、特別の事情の存しない限り本来ぜい肉的な(無意味な)部分である。歯車リム部の回転力に耐える強度は耐面圧による強度の問題であつて、段部自体の強度の問題ではないから僅かですみ、それ以外の部分があればそれはいわゆる「持ち送り」部分である。
被告物件が「僅かに張出した同心段部」(面圧に耐える程度の同心段部)という要件を充足することは、被告物件のパンフレットからも明らかである。
六 証拠<省略>
理由
一原告が本件特許権(但しその特許請求の範囲については争いがある。)を有すること、被告が被告物件(但しその特定に関する図面及び説明文については争いがある。)を業として生産し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のために展示していることは、当事者間に争いがない。
二被告は原告のした補正は出願公告後の要旨変更の補正であると主張するので、以下右補正が要旨変更の補正であるか否か等について考察する。
1 <証拠>によれば、本件特許は、昭和四六年七月二一日付で出願され、昭和五〇年九月九日付で拒絶査定されたが、同年一一月六日付で拒絶査定不服審判が申立てられた結果、昭和五四年六月二七日付で出願公告されたこと、ところが、特許異議の申立がなされ、昭和五五年四月一五日付で明細書及び図面の記載不備を理由に拒絶理由通知がなされたので、原告は同年六月四日付で明細書全文を補正の対象とする手続補正書を提出したこと、しかし、同月一一日付で再度明細書及び図面の記載不備を理由に拒絶理由通知がなされたので、原告は同年七月二二日付で再度明細書全文及び図面を補正の対象とする手続補正書を提出したこと、その結果同年一一月六日付で本件特許異議の申立は理由がない旨の特許異議決定がなされ、原査定取消・特許査定の審決がなされて、同年七月二二日付の手続補正書による明細書及び図面に基づき本件特許が登録されたことが認められる。
右事実によれば、原告は、昭和五五年六月四日付で明細書全文を補正の対象とする手続補正書を提出したが、同月一一日付で再度明細書及び図面の記載不備を理由に拒絶理由通知を受けたので、同年七月二二日付で明細書全文及び図面を補正の対象とする手続補正書を提出したことにより、先の同年六月四日付の手続補正書は撤回したものと認めるのが相当である。そうすると、出願公告後の補正について特許法六四条一項に規定する要件の有無を判断するに当たつては、出願公告された明細書及び図面(別紙第七特許公報と同じ、以下「基準明細書」という。)と、特許査定された昭和五五年七月二二日付の手続補正書による明細書及び図面(別紙第八訂正公報と同じ、補正明細書)とを対比すべきであり、又、出願公告後の補正が特許法六四条一項に違反し要旨変更と認められる場合に、同法四二条の適用に当たつては、基準明細書による特許出願について特許がされたものとみなすのが相当である。
2 そこで、右見地から出願公告後の補正が特許法六四条一項の規定に違反し要旨変更であるか否かについて、以下考察する。
遊星子歯車と円板との結合関係について、基準明細書の特許請求の範囲には「挾着支持する」とあり、発明の詳細な説明の実施例に従つた説明では、これが「密嵌し」又は「密嵌する」ものと記載されているのに対し、補正明細書の特許請求の範囲には「遊嵌」と記載され、その前同説明の個所でも「遊嵌」と記載されている。しかし、「密嵌」とは遊星子歯車と円板とが密接して嵌められた状態をいい、「遊嵌」とは遊星子歯車と円板とが間隙(遊び)をもつて嵌められた状態をいうから、「密嵌」と「遊嵌」とは正反対の概念である。そして、右の様に基準明細書では、特許請求の範囲には「挾着支持」としながら、実施例に従つた説明においては、これが「密嵌」状態にあるものとされているところ、一般に実施例は、特許出願人が最良の結果をもたらすと思うものを記載するものとされ(昭和五九年三月二九日通商産業省令第二一号による改正前の特許法施行規則様式一六〔備考〕一三ロ)当該発明の実体が端的に示されたものといえるから、右基準明細書においても、特許請求の範囲で「挾着支持する」と記載される遊星子歯車と円板との結合関係は、右実施例記載の「密嵌」なる技術手段によつて最良の結果をもたらし、その実体は「密嵌」にあることが開示されているものと読みとれるのである。しかも、基準明細書は、歯車の無心化構造は歯車の公転による遠心力発生によつてむしろ障害を助長すると従来技術の欠点を指摘し(二欄二ないし四行目)、本件発明は遠心力による障害を吸収し噛合点の不整合作用の吸収を目的とすると述べているのに(二欄七ないし一四行目)、遊星子歯車と円板との結合関係が「遊嵌」であると、遊星子歯車は公転により遠心力の影響を受けることが明らかであるから、本件発明の遠心力による障害発生の除去という目的から逸脱するものであるうえ、本件発明の要旨であるリング状歯車を拘束し歯車に軸芯を与える(二欄二八・二九行目)役割を達成しえない。その様に見てくると、基準明細書の開示する発明では、その特許請求の範囲に「挾着支持する」とあるのは、その実施例に従つた説明に記載された「密嵌」によつてこれを達成していることを発明の要旨としたものと解することができ、これを前示正反対の語義である「遊嵌」と変更した補正は特許請求の範囲を変更するものであり、特許法六四条一項に違反し出願公告後の要旨変更の補正であることが認められる。
原告は、原告のした補正は、「挾着支持」「密嵌」の静的状態の表現を、「遊嵌」という動的状態の表現に補正して理解し易くした明瞭でない記載の釈明(特許法六四条一項三号)であると主張する。たしかに、基準明細書の特許請求の範囲における「挾着支持」という文言だけを採り上げれば、それ自体は「密嵌」「遊嵌」のいずれか又はその双方を指すのかが明瞭でないといえないことはない。しかし、それは実施例の説明を介し且つ発明の目的に照らし明らかに「密嵌」を要旨としたと解し得ること前示のとおりであるから、これを正反対の「遊嵌」であると釈明することの許されないことは同条項号の法意に照らし明白である。のみならず、補正明細書には、特許請求の範囲に、「遊星子歯車4を二枚の円板5A、5Bの対向面に僅かに張出した同心段部5′の外周側面に遊嵌し」(一頁九・一〇行目)と記載され、実施例についての説明で、「遊星子歯車4を両円板5A、5Bで挾着して同心段部5′の外周側面に遊嵌したもの」(一頁四四・四五行目)と記載されているが、右明細書中の「遊嵌」が記載されている部分の文章の前後の文脈からみて、「遊嵌」が動的状態を表現しているものとは到底認められず(もしそうであるならば基準明細書における「密嵌」も動的状態である。)、仮に動的状態において「遊嵌」するのであれば、「密嵌」を「遊嵌」に補正する必要はなく作用効果において説明すれば足りる筈であり、更に動的状態で「遊嵌」するのであれば、その「遊嵌」は遊星子歯車の公転による遠心力の影響に基づくものであり、しかも遊星子歯車のリングが伸びることであるから、噛合せの不整合を助長することになつて本件発明の目的と整合せず、その間の技術的意義が全く不明瞭となつてしまうので、前記主張は失当である。
更に原告は、原告のした補正について特許庁が補正却下をしないでその補正を是認したうえで登録審決をした以上、被告が本件訴訟の段階で要旨変更の主張をすることは許されないとして、東京高裁昭和五八年三月二四日判決を引用する。しかし、右判決は、特許庁審判官が、出願人がした補正を要旨を変更するものとして却下することなく補正を是認したうえ、本願発明と引用例の発明とを比較して両者を同一と判断しながら、その判断に基づく拒絶審決取消訴訟において、特許庁長官が、要旨変更については前と異なる見解をとり、補正は要旨を変更するものであるとして、その補正前の本願発明と引用例とを比較してその同一性を論ずべきであると主張することは許されないと判断した事例であり、本件とは全く異なる事案であつて、被告が原告のした補正が要旨変更に当たると主張することが許されることは特許法四二条の規定自体から明らかである。
3 原告のした補正は出願公告後の要旨変更の補正であり、本件発明については、特許法四二条により基準明細書による特許出願について特許がされたものとみなされる。
しかるところ、被告物件の構成については一部争いはあるものの、いずれにせよ、遊星子歯車と円板との間隙を広くとつて「遊嵌」としていることは当事者間に争いがない。因みに、被告が被告物件の遊星子歯車(二枚の円板付き)として提出している<証拠>によれば、右二枚の円板を指で挾んで左右に動かすとガタつき、遊星子歯車と円板との結合関係が「遊嵌」となつていることが認められる。
そうすると、前示のとおり本件発明(基準明細書の特許請求の範囲に記載された事項により構成される発明)の遊星子歯車と円板との結合関係についての構成要件たる「挾着支持」には「遊嵌」が含まれないのに対し、被告物件の構成は「遊嵌」であるから、被告物件は本件発明の技術的範囲に属さない。
三仮に原告のした補正が出願公告後の要旨変更の補正ではなく、本件発明の構成要件が補正明細書の特許請求の範囲の記載によるものとしても、以下説示するとおり、被告物件は、本件発明の「僅かに張出した同心段部」の構成要件を充足するものとは認められず、本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。
1 本件発明は、「遊星子歯車4を二枚の円板5A、5Bの対向面に僅かに張出した同心段部5′の外周面に遊嵌し」を構成要件としているので、補正明細書に記載されている本件発明の目的、特徴、作用効果等から「僅かに張出し」の意味を明確にしたうえで、被告物件が「僅かに張出した同心段部」の構成要件を充足するか否かについて考察する。
2 補正明細書には、本件発明の特徴の第三点として、「リム部の弾力性を阻害しない目的において、両側に添架するロール円板の内面にリング歯車内周の両側を僅かに懸架できる突部を構築して装架し、歯元の裏側の大部分を不拘束となす構造にある。」(一頁三五・三六行目)と記載され、又、本件発明の作用効果として、「運転に際し噛合せの不整合部に当ると遊星子歯車4のリム部が歯圧の掛かる面のリム張力部で盛上り、又リム裏面の圧縮部は歯部と離れた部分で反力を受けるから、自動的にリム部のベンディングモーメントを制御して歯の強度を高め得る」こと、「各歯車リム部は強度一杯に薄くしてあり、全体を焼入れしてリム部のみ焼戻しを行つて弾性を高くすることで、歯元に作用する回転モーメントの高い歯元ほどリム部の歪みが多くなり自然に各噛合点の整合が得られ、ノイズ発生がなく損失の少ない構成が得られる」ことが記載されている(二頁一二ないし一七行目)。
以上によれば、本件発明の構成要件である「僅かに張出した同心段部」ということは遊星子歯車のリム部の弾力性を得ることを目的とし、歯元の裏側の大部分を不拘束とする構造であることを意味している。そして、右「僅かに張出した同心段部」の張出幅の最大値と最小値は、「噛合点の不整合作用を歯元リムの弾力性歪に置代え」(一頁二五・二六行目)、「歯元に掛る回転モーメントを吸収」(一頁三三行目)するために、遊星子歯車のリム部の弾性変形を許容する空隙を設ける必要性(「僅かに」の最大限を示す基準)と、二枚の円板の張出し部(同心段部)で遊星子歯車のリム部両側を添架して、「歯車を拘束し歯車に軸芯を与える」(一頁三四・三五頁)必要性(「僅かに」の最小限を示す基準)とにより特定するのが相当である。そして、原告自身補正明細書の中で、歯元の裏側の大部分を不拘束とする構造であれば、右最大値と最小値の範囲内に含まれることを前提として説明している(一頁三六行目)。
3 しかるところ、<証拠>によれば、イ・ロ号物件の内部の構造及び各部の寸法は別紙第五・第六図面記載のとおりであり、イ号物件の歯元の裏側は殆んど全部といつてよいほど拘束されており、ロ号物件の歯元の裏側も大部分が拘束されていることが認められ、少なくともイ・ロ号物件については、本件発明の「僅かに張出した同心段部」の構成要件を充足しないことは明らかである。
4 ところで、原告が被告による侵害期間と主張する昭和五四年七月から昭和五八年二月までの間に製造販売された被告物件中に、右同心段部の張出しがイ・ロ号物件と異なり歯元の裏側の大部分を不拘束とするものが他に存在したことについては、<証拠>によつてもこれを認めるに足らず(<証拠>は歯元の裏側の大部分が拘束されているから「僅かに張出した同心段部」の要件を充足しておらず、又<証拠>は歯元の裏側の大部分が不拘束といえるか微妙ではあるが、噛合点の不整合作用を歯元リムの弾力性歪に置代え歯元にかかる回転モーメントを吸収するために、遊星子歯車のリム部の弾性変形を許容する空隙((「僅かに」の最大限を示す基準))が設けられているか否かは、<証拠>だけでは不明であるから、<証拠>のパンフレットにより、被告物件が「僅かに張出した同心段部」という構成要件を充足するものとは認められない。)、他にこれを認めうる証拠はない。
すなわち、原告は被告物件が本件発明の「僅かに張出した同心段部」なる構成要件を充足すると主張し、被告はこれを争つているのであるから、原告は、被告物件の特定にあたつて「僅かに張出し」という評価をもつてする表現では被告物件の構成の特定としてはなお不十分であり、遊星子歯車のリム部裏側が円板の同心段部に対してどれほど非接触となつているか、即ち被告が指摘している非拘束率により、最大値と最小値によつて画された範囲によりこれを特定する必要がある。そして、前示のとおり、本件発明の「僅かに」の最大値と最小値は、遊星子歯車のリム部の弾性変形を許容する必要性(「僅かに」の最大限を示す基準)と、遊星子歯車を拘束し歯車に軸芯を与える必要性(「僅かに」の最小限を示す基準)とによつて特定され、原告自身補正明細書の中で、歯元の裏側の大部分を不拘束とする構造であれば右最大値と最小値の範囲内に含まれることを前提とした説明をしているのであるから、原告は、以上の基準に基づき一定の幅をもつた不拘束率により特定した本件発明の「僅かに張出し」の要件を主張し、被告物件がこれを充足することを立証する必要がある。
この点につき、原告は、「僅かに張出した同心段部」については、円板の同心段部の材質、遊星子歯車の歯幅、リム部の厚さ、モジュールの大小、歯車径の大小等により異なり、その寸法的、数値的な限定に適するものではないと主張する。しかし、<証拠>によれば、被告が製造販売するリング遊星歯車減速機エルジーマックには多種多様の形式があるが、被告はいずれも品番で特定して右エルジーマックを製造販売しているのであるから、原告も被告物件を特定するに当たつては、被告物件を各品番毎に(同一品番の製品は円板の同心段部の材質、遊星子歯車の歯幅等も同一である。)一定の幅をもつた不拘束率で特定したうえで、被告物件中、前記基準に基づき一定の幅をもつた不拘束率により特定した本件発明の「僅かに張出し」の要件の充足の有無を選別することは可能な筈である。
以上によれば、イ・ロ号物件は、原告が限界不拘束率をいかように限定しようとも、明らかに「僅かに張出した同心段部」の要件を充足しないことは前示のとおりであり、又<証拠>にも右限界不拘束率に達するものを見出し難いので、係争期間中に製造販売された被告物件全部が右要件を充足しないのではないかとの推測もなし得ないではないが、前示基本的に必要な原告による限界不拘束率の主張とこれに基づく被告物件の特定がなされていない本件においては、係争期間中に製造販売された被告物件が、本件発明の「僅かに張出した同心段部」の構成要件を充足するものとは認められない。
四実施料(ミニマムギャランティ)の請求について
原告は、本件発明の内容を補正明細書記載の発明であると主張しながら、これについて、昭和四八年六月一一日被告との間に実施契約が締結されているので、その実施契約に基づき、実施料(ミニマムギャランティ)二四〇万円の支払を求めると主張する。しかし、前述のとおり、原告のした出願公告後の補正が要旨変更の補正であるので、原告が本訴で主張している本件発明の内容と裁判所が認定した本件発明の内容とは異なることになるから、原告が本件発明の内容を補正明細書の特許請求の範囲の記載によつて構成される発明と主張する限り、<証拠>の実施契約の対象である発明とはその発明の内容を異にし、結局原告主張の発明を対象とした実施料の支払約束は存在しないことになるのではないかという疑問が生じる。しかし、原告の真意は、原告が昭和四八年六月一一日付で被告との間で締結した、甲第三号証の契約書に記載されている発明(特願昭四七―〇〇九〇五八号)を対象とする実施契約に基づく実施料(ミニマムギャランティ)の支払を求めるものと解し得るから、以下その見地から原告の実施料の請求について考察する。
<証拠>によれば、原告は昭和四八年六月一一日付で被告との間で特願昭四七―〇〇九〇五八号発明を対象とする実施契約を締結し、被告は原告に対し同日から五年間ミニマムギャランティ(最低ロイヤリティ保証額)として月額四〇万円の支払を約したのに、昭和五二年一二月分から昭和五三年五月分までのミニマムギャランティ合計二四〇万円を支払わなかつたこと、ところで、本件特許は原告の発明にかかるものであるのに溝口作が昭和四六年七月二一日原告に無断で同人名義で特許出願をしたので、原告は自衛上昭和四七年一月二六日本件特許の原始明細書と同一内容の特許出願をしたのであり、これが特願昭四七―〇〇九〇五八号であること、次いで、原告は溝口作を相手に本件特許について特許出願人名義変更請求訴訟を提起し、係争の結果和解が成立して、昭和五〇年一二月九日本件特許について溝口作から原告へと出願人名義変更がなされるに至つたので、先に自衛上なした特願昭四七―〇〇九〇五八号は不必要となり取下げたこと、ところで、原告が昭和四八年六月一一日被告との間で実施契約を締結した時点では、未だ溝口作から原告への特許出願人の名義変更手続が未了であつたため、取りあえず、本件特許の原始明細書と同一内容である右特願昭四七―〇〇九〇五八号を形式上その実施権の対象としたものであること、しかして、被告は、実施契約締結日以降昭和五二年一一月分までは原告に対して実施料を支払い、その前後頃まではリング遊星歯車減速機エルジーマックの製造について原告から技術指導を受けていたこと、以上の事実が認められる。
右事実によれば、被告は昭和四八年六月一一日付の実施契約に基づき原告に対して、実施料(ミニマムギャランティ)合計二四〇万円の支払義務を免れないものというべきである。
五結論
以上の認定・判断によれば、原告の本訴請求については、実施料(ミニマムギャランティ)二四〇万円及びこれに対する昭和五八年二月一一日(訴状送達の翌日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余はいずれも理由がないので棄却することとして、民訴法八九条、九二条本文、一九六条一項を各適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官紙浦健二 裁判官德永幸藏、裁判長裁判官潮 久郎は転任のため署名捺印できない。裁判官紙浦健二)